東京都江東区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 江東区深川1-6 (亀堀公園) 三河国(愛知県)西尾藩大給松平氏は、藩校を西尾と江戸の2ヵ所に設置していました。西尾藩校は修道館、江戸藩校は典学館と呼ばれました。 典学館は、江戸藩邸のうち深川万年町にあった「深川屋敷」に設置されていました。設立時期は天保12年(1841)7月のことで、当時の藩主は14代目の乗全でした。大給松平氏は代々儒学を尊び、なかでも乗全は藩内における文武興隆に力を入れ、藩士教育のために藩校を設立しました。さらに、年少の子どもたちの通学を容易にするために、大名小路の役邸(現皇居外苑)に分校を設置するなど、教育設備を充実させています。 授業の期間は正月8日から12月20日まで、時間は12時から16時まで、休日は毎月16日・五節句・7月12日から16日・八朔でした。 典学館は明治4年(1871)に廃校となりました。 平成11年(1999)3月 江東区教育委員会 松平和泉守(西尾藩) 深川屋敷 [「本所深川絵図」 嘉永5年(1852) 尾張屋板] PR |
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永山
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男性
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