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東京都江東区の歴史
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所在地 江東区木場2-18-12 (大丸コアビル)

 当繁栄稲荷神社の祭神は京都伏見稲荷大社の御分霊にましまし乃古宇迦之御魂大神、佐田彦大神、大宮能賣大神の三御柱であります。古来五穀豊穣、商賣繁昌、藝能上達の神として世の尊崇敬仰をあつめております。

 当神社の起源は今を距ること二百四年前、江戸時代の中期、宝暦7年(1757年)この木場の地に創祀されたのにはじまります。大丸の業祖下村彦右衛門正啓は享保2年(1717年)伏見に創業し寛保3年(1743年)日本橋大伝馬町に江戸店を設けましたが越えて宝暦7年(1757年)深川木場4丁目即ち現在の繁栄橋々畔に貯木場を備うる別墅を営み、その一廓に社殿を造り伏見稲荷大社の御分霊を祀り繁栄稲荷と称したのであります。

 祭神の霊験いとあらたかで、地元の木場はもとより江戸一円の信仰をあつめ、3月12、13日の例祭には門前市がたつの大賑わいでその側の堀に架せられた橋もいつしか繁栄橋とよばれて今に伝わっているのであります。

 明治43年(1910年)大丸が名古屋店とともに東京店(昔の大丸江戸店)を閉じ木場の別墅も廃したとき社殿は先代根津嘉一郎氏の青山邸に移り同家の嘉栄稲荷の社殿となり、関東大震災(1923年)、第二次世界大戦の空襲にもその災禍から免がれ二百年前のお姿そのままで残ってまいりました。

 昭和35年(1960年)5月たまたまその社殿が繁栄稲荷のものであったことがわかり、根津家の御厚意で大丸へ御返譲していただくこととなり、。旧地に接したこの地に境城を卜して昔ながらのお姿を以て本殿、玉垣その他を移築あらたに伏見稲荷大社の御分霊を勧請してお祀りすることになったのであります。

 由緒の数々を思い御神徳のいやちこなるに今さら心うたるる次第であります。

  昭和36年(1961年)10月吉日

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