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東京都江東区の歴史
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所在地 江東区深川2-16-7

  浄土宗 双修山 心行寺

  深川七福神 福禄寿

由来
 心行寺は雙修山養源院と号し、開山は、光蓮社団誉一露屋道で、養源院は開基です。元和2年(1616)に、八丁堀に創建され、寛永10年(1633)に現在地に移りました。
 養源院は岩国藩主吉川広嘉(1621~1680)の妻で、承応3年(1654)に没しました。広嘉は岩国藩主として2代目で、延宝元年(1673)には、錦帯橋を架橋しています。
 深川七福神(福禄寿)のひとつとして親しまれています。



 双修山養源院と号し、元和2年(1616)京橋八丁堀寺町に創立、開山は観智国師の高弟光蓮社団誉一路屋道上人、周防岩国城主 吉川監物の室 養源院殿の発願に開基による。
 寛永10年(1633)現在地に移転、当時境内地は、間口42間奥行42間総坪数1764坪、影窓院 正寿院の二末寺があった。
 大正12年関東大震災の厄にかかり、昭和7年(1932)再建された本堂庫裡も昭和20年(1945)戦災のため再度烏有に帰した。
 現本堂は、浅香富三氏設計により奈良平安朝様式に現代風を加味し、昭和43年(1968)に落慶した。
 本堂両脇間に観無量寿経変相図(曼荼羅)ならびに三尊来迎図(守屋多々志画伯模写)がある。
    史 跡 
 開基養源院殿墓  五重石塔  宝筺印咒塔
 五世鶴屋南北墓  松本交山墓  工藤琳甫墓
 悟道軒円玉墓   深川七福神福禄寿堂
           双修山心行寺21世



 < 六角堂(福禄寿) >







    不求自得    自然にとくがそなわる
 この福禄寿の尊像の中には当寺書院移築の際に土中より発見された戦災前の福禄寿土偶が収蔵されています。手にする宝珠にふれて円満な人格をいただくようおねがいいたしましょう。福徳は自然に身についてくるものです。
          福寿海無量  是故應頂礼
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