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東京都江東区の歴史
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所在地 江東区南砂1-3

 江東馬頭観世音
 昭和20年(1945)3月9日夜半の大空襲により江東方面は焦土と化し殉難者は目を覆うばかりの惨状を呈した。また戦局が激しさを加えるに伴い石油が欠乏し国内の輸送は専ら牛馬車のみに大きく依存された。江東地区特に砂町大島亀戸深川一帯は東京都内において当時最も多くの輓馬業者が集中し牛馬の頭数3千有余居りその大半が空襲で厩舎や路上で焼死しさらに戦時中は軍馬として江東方面から多数徴用され大陸や南方において数多くの馬が戦死をとげたのである。
 昭和28年(1953)9月輓馬による運送業者が中心となりこれら愛馬の諸霊を弔い平和祈願をこめてこの地に江東馬頭観世音を建立したものである。
 大空襲後33回忌を迎えるにあたりこの志を継ぐ者が相寄り慰霊の由来を記し、ここに碑を建立して永く世にこれを傳えることになった。
 昭和52年(1977)3月10日 江東馬頭観世音講







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