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東京都江東区の歴史
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所在地 江東区南砂2-3

  長州藩大砲鋳造場跡
 パリのアンヴァリッド(廃兵院)に、長州藩主毛利家の紋章がある青銅の大砲が保存されています。この大砲には、次のように刻まれています。

 十八封度砲 
   嘉永七歳次甲寅季春
   於江都葛飾墅

「江戸切絵図」を見ると、現在の南砂2-3付近に長州藩主松平大膳大夫の屋敷があったことがわかります。「葛飾別墅」とは、この屋敷をさしています。
 長州藩では、嘉永6年(1853)12月、三浦半島の砲台に備えつける大砲を鋳造するため、鋳砲家を江戸へ呼び寄せました。翌嘉永7年(安政元年(1854))正月、幕府の許可を得て、佐久間象山の指導のもと、砂村の屋敷内で大砲の鋳造を始めました。
 当時、尊皇攘夷の急先鋒だった長州藩は、この大砲を三浦半島から下関に移し砲撃により関門海峡を封鎖しました。これに対し、元治元年(1864)イギリス・アメリカ・フランス・オランダの連合艦隊が下関の砲台を攻撃、陥落させました。パリの青銅砲はこの時、フランス軍により海を渡ったものです。
 平成5年(1993)3月 江東区教育委員会


      近江屋板『江戸切繒圖集成』より
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