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東京都江東区の歴史
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所在地 江東区富岡1-14

 深川公園は、明治6年(1873年)太政官布達によって定められた日本最初の公園の一つです。
 この公園は元来、富岡八幡宮の境内で遊行の地として大変賑わい、東、西、南側の三面は小堀となり、それぞれに橋がかかっていました。西側には、油堀川より水を引き入れた汐入の池があり、東側には、小高い丘がありました。明治12年(1879年)には梅、桜を植え花園として整備しました。
 明治40年(1907年)に、上野で開かれた東京勧業博覧会の建物を移築して、明治42年(1909年)に深川図書館が建てられましたが、大正12年(1923年)の関東大震災で焼失しました。
 震災復興事業では、池を残して庭球場や広場になり、第二次世界大戦中に池は埋められ運動場になりました。
 下の漆喰画(しっくいが)は、文化12年(1815年)伊豆松崎に生まれ、深川で暮らし明治22年(1889年)深川で没した漆喰細工の名工、左官入江長八(伊豆の長八)にちなみ、伊豆松崎町の漆喰画の名工、左官山本堪一氏の手により、明治末期の深川公園の様子を、深川公園改良工事を記念して製作したものです。
  
平成2年(1990年)3月 江東区 


                    本所深川公園絵図(嘉永5年尾張屋板)

    深川公園と名所
 東京の公園設立は、明治6年(1873)の政府による公園制定に始まる。この時、深川公園・芝公園上野公園・浅草公園・飛鳥山公園が誕生した。いずれも江戸時代から、由緒ある寺や人々の集う名所である。
 ここ深川公園は、元の永代寺境内に設けられた。永代寺は大きな寺で、その庭は江戸で1・2を競う名庭として有名で、富岡八幡宮深川不動堂とともに江戸屈指の名所であった。
 このあたりは、江戸時代から庶民の活気あふれるいこいの場で、四季折々の行事には大いに賑わった。その姿は変わりながらも、縁日や盆踊りが行われ、ふれあいの場として現在にいきづいている。

 深川公園内には『富岡八幡宮別当永代寺跡碑』、『石造燈明台』があります。

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